2025/07/22

第1章:春の約束
京都・東山。春の陽に包まれた古い喫茶店「珈琲月光」で、大学生の陽翔(はると)はアルバイト中だった。彼は人付き合いが得意ではないが、音楽と珈琲を愛する穏やかな青年。
ある雨の日、店のドアを開けたのは、真白(ましろ)という女性だった。黒髪をゆるく結び、濡れた傘を静かに閉じる姿が、なぜか彼の胸をざわつかせた。
「雨の日は、ここがいちばん静かだから好き」
それが彼女の最初の言葉だった。
彼女は週に一度、同じ曜日の同じ時間に現れた。陽翔は言葉を交わすことは少なかったが、真白の存在が、生活の一部になっていった。
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第2章:忘れたはずの過去
夏が近づく頃、真白は少しずつ自分のことを話し始める。
「…実はね、わたし、ここに来る理由があるの。高校のとき、ここでよく勉強してた。ひとりじゃ不安で」
陽翔は驚いた。真白が語った「高校時代の記憶」は、どこか彼自身の過去と重なっていた。もしかしたら、彼らはずっと前に会っていたのかもしれない。
ある日、彼女は言う。「あと三回だけ、この店に来る。理由は…最後の日に話すね」
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第3章:夏の終わりと、秘密
残り二回となった真白の訪問。陽翔は、彼女の言葉の意味を考えながら、心の距離を縮めようとする。
「俺は、来週も待ってる。真白さんに、もっと会いたいって思ってるから」
彼女は微笑むが、その瞳には、何かを押し殺すような痛みが宿っていた。
そして、最後の訪問の日——
「陽翔くん、わたし…遠くへ行くの。治療のために。すぐには戻ってこれない場所」
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第4章:あと三回、会えたなら
店のカウンターで、陽翔は真白が座った席を見つめながら、ノートに言葉を綴った。
「春の雨の日、きみに出会ったこと。あと三回、君に会えたこと。どれも、僕の宝物」
彼女への返事を、紙に記し続ける。遠く離れていても、言葉なら届けられると信じて。