2025/07/22

ひどく寒い晩だった。山奥の獣道を進む俺の足元は、湿った土に沈み込んでいた。月の光も届かぬほど深い森は、ただ静寂に包まれている。
道なき道を進んで数時間。ふと、視界の先にぽつんと立つほこらが目に入った。木々に飲み込まれかけたそれは、まるでこの世から忘れられたかのようだった。
「こんな場所に……」
違和感を覚えつつも、疲れ果てた体は休息を求めていた。近づくと、ほこらの扉はほんの少し開いている。ひび割れた木の板を押し開けると、かび臭い空気が肺を満たした。
中は意外にも広い。しかし、何かがおかしい。壁にはびっしりと刻まれた文字。読めるものもあれば、意味不明な記号のようなものもある。
――あの夜、あそこへ入るべきではなかった。
俺は背筋を冷たい手で撫でられたような感覚に囚われた。何かに見られている気がした。目を凝らすと、奥の壁の前に小さな人影が立っている。
「……誰だ?」
問いかけるも、影は微動だにしない。しかし、次の瞬間、囁くような声が響いた。
「帰れないよ」
その瞬間、足元から冷たい何かが這い上がってきた。いや、それは手だ。無数の手が、俺の足を掴もうとしていた――!
叫ぼうとしたが声にならない。壁の文字が蠢き始め、影がにやりと口元を歪める。
もう遅いのだ。
このほこらに入った者は、二度と帰ることはできない――。